凍てる岩肌に魅せられて (中公文庫)
本, 小西 政継
によって 小西 政継
4.1 5つ星のうち 3 人の読者
ファイルサイズ : 27.61 MB
内容(「BOOK」データベースより) 「私の山登りは激しい闘志をこめ、そして生命を賭けた闘いであった」。冬のグランドジョラス北壁登攀で足指を奪いとられた著者が、戦時下の疎開生活、印刷会社員時代、そして、山登りに情熱を燃やし続けた半生を回想し、新たな山行をめざして努力をはじめるまでを描く好著。聳立する垂直の空間を追い求めた若者の生きざまが胸をうつ。
ファイル名 : 凍てる岩肌に魅せられて-中公文庫.pdf
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今やタレントがテレビ番組でヒマラヤ高峰登山をし、登山家もどきが酸素を吸って、シェルパを使ってポーラーシステムでエベレストに挑んでいても、無酸素アルパインスタイルの単独登頂と言い張る時代である。世間やメディアも本物の高所登攀の価値を知らない儘に此れを推し量る風潮であり、本物のアルパインスタイルで、困難なバリエーションルートに苛烈な挑戦を試みる、真の登山家の姿は、その殆どが無名な儘であると言える。現在第一線の先鋭クライマーでは、辛うじて山野井泰史氏が沢木耕太郎の小説で世に知られるくらいであろうか。しかし、日本には、世界に通用する超一級のクライマー達の草分け的な存在として、小西政継(1938-1996.10.08)がいる。いや、いた。伝説の鉄の男は、マナスルで暴風雪の中に消えた。この書は、小西政継が男盛りで脂の乗り切っていた33歳の時の著作で、自身の半生を振り返ったものである。著者は山と出会い、山に魅せられ、ストイックなまでに山に人生の全てを打ち込んだ。当時最精鋭のクライマー達の登龍門であった山学同志会を率い、数々の過酷な登攀に挑み完遂し、垂直の世界にその人ありと言われた男である。植村直己とは同時期に活躍した人だが、登攀の実力は植村の遥かに及ばない世界レベルの達人であった。著者の大きな魅力の一つに、その著作群がある。極めて文章が平易闊達であり、飾らず、誇らず、おもねらず、ウイットに富んでおり、山男には意外な程の文才が、大変に魅力的なのである。小西政継の真摯に山に相対する姿勢には目を見張るものがある。「山というものに充実感をもつか、もたないかは、登山をしていくうえに、もっとも重要なことだ。いくら初登攀や、初登頂を成しとげたところで、仲間の力に頼りきったり、引きずりあげられた登攀では、自分にとって何の値打ちもない山行になってしまう。第二登でも、第三登でもよいから、自分の力で登攀を行う方が、よっぽど価値のあるものだと思う。」「私は遭難発生から遺体収容までどのように進められお金はどうするのか、遭難者をだした家族としての適切な処置を母に教え込んだ。山に無知なため泣き、叫び、自分の息子を死に追いやった山岳会を罵るような、分別のつかない母親に絶対なってもらいたくなかった。悲しみをこらえ、平然と受けとめられるだけの、山を理解した母になってもらいたかったのである。」「一晩や二晩、酷寒の夜を平然とすごせるだけの『鉄の男』に自分を鍛えあげなければ、冷酷非情な冬の岩と氷の『垂直の世界』では活動できないからだ。吹雪になり、凍死したなどという理屈は、私たちの間では絶対通用しない。急激にどんな凄じい吹雪となっても、突破してゆく自分の体力と技術を身に備えていることは、山を志す者の最低の条件だと思う。」「家庭とか結婚ということと、登山との関係に私は私なりに一つの信念を持っていた。結婚したから、家庭を持ったからといって、山に行けないなどということは、結婚と山をはかりにかけてみて、自分の好きな方を選んだ以上、これは負けおしみ以外のなにものでもないはずである。」このように壮烈なまでの高邁な志を抱いて、著者は山と自分に挑み続けた。それでは血も涙も無い峻厳な冷酷な男なのかというと、69歳にしてアイガー東山稜を登攀した佐藤久一朗翁への、限りない敬意と愛情を描きつくした「百歳の山」という一章には、著者の温かな一面を色濃く覗かせている。また最終章「非情なる北壁」では、1970(昭和45)年12月25日のグランドジョラス北壁登攀中に、未曾有の大寒波に遭遇し、完登したものの、パーティ4人の80本の指が27本切断という凄まじい代償を支払った。著者自身も、左手小指と両足指全ての11本の切断であった。本書は切断から再び山を目指して行くリハビリと、殆ど流して書いているが、郁子夫人との結婚で稿を終えている。この後著者は見事に復活を果たし、著者を温かく支え続けた郁子婦人と子供達との家庭の風景や、多くの仲間を喪いながらも、ヒマラヤの超高峰登攀に次々に成功して行く後日談は、また別の著作に描かれている。そして著者の文筆は円熟し多少手厳しくなっていくが、本書に興味を持たれたならば、鉄の男の後半生を読み進めて行かれるのも面白いだろう。
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